否認権とは、破産者の財産減少行為につき、債権者の不利益とならないよう効力を失わせる権利です。
破産管財人によって行使され、処分された財産を受け取った人から返還させる効果があります。
「お世話になった人に迷惑をかけたくない」「会社のために使わせていた自己名義の財産を取り戻したい」等と動いても、否認権により後々無駄になると言わざるを得ません。
受益者として第三者がからむと、余計に迷惑をかけるばかりです。
本記事では、否認権の類型や行使方法についても詳しく解説しています。
破産の否認権とは、破産者の財産減少行為につき、債権者を不利益にする場合に効力を失わせる権利です。
破産手続では、裁判所に選任された管財人に権利があるとされ、配当を目的として売却・譲渡によって流出した財産を取り戻す効果をもちます。
否認権の目的は「債権者平等原則」の実現にあります。
優先弁済を受ける権利(物的担保等)を除き、一部の債権者だけを特別に扱うことなく、平等に返済もしくは返済しないようにすべきとする決まりです。
否認権行使の目標を具体化すると、破産者の行為によって流出した財産を破産財団に回復させ、これを平等に分配することです。
ここで言う破産財団は、破産手続開始決定前に破産者に属していた全ての財産を法人化したものを指します(第34条)。こうした仕組みは、破産制度の信頼性を保障するために存在します。
否認権行使の効果は、破産者の行為による受益者(財産を受け取った人)からの利益返還という形で現れます。
効果範囲は広く、破産手続開始決定前の行為にも及びます。
否認権の効果を具体化すると、動産ならそれ自体を返還させ、土地建物等であれば否認の登記をさせます。
対象の財産それ自体の返還が難しい場合は、代わりにその価額相当額を支払わせます。これらの要求に受益者が応じなければ、強制執行に移ることも可能です。
否認権には3つの類型があり、対象となる破産者の行為の性質に応じて変化します。
これから破産手続しようとする時は、申立ての前であっても、下記に該当する可能性がある行為を避けなければなりません。
詐害行為とは、債権者への返済原資または配当にすべき財産であると知りながら、財産を故意に減少させる行為です(第160条)。
どうせ破産するからと財産を使い込んだり、譲渡先と共謀して形式的に売買取引して財産を移したりする行為が挙げられます。
この場合の否認権行使は、次のように行為の種類が定義され、法律にある範囲と条件に沿って運用されます。
詐害行為には第160条1項~3項の3つの形に分かれます(表参照)。
全般的に言えるのは、損をする形で財産人手に渡らせる行為であるという点です。
否認権を行使できる範囲は、一般的詐害行為・詐害的債務消滅行為なら破産申立ての1年前以降(第166条)、無償行為なら支払停止の6か月前以降です。
破産債権者を害する行為に否認権が行使されないのは、受益者に詐害意思なしと証明できない場合です。
もっとも、支払停止または破産手続開始決定以降の行為や、無償行為については、詐害意思の有無に関わらず否認されます。
時価相当の額で財産を売却したとしても、詐害や財産隠しの意図があれば否認権行使の対象です(第161条)。
資力のある知り合いに財産を買い取ってもらい、対価を時価相当額とする契約書を作るようなケースが該当します。
この場合の否認権行使には、次のような範囲と条件が定められています。
相当の対価を得てした財産の処分行為は、破産申立ての1年前以降の範囲で否認権行使の対象です。この点については、破産法第166条の原則に沿います。
不動産を売却して隠匿・流出しやすい金銭にする等の行為は、財産の種類変更によって、その隠匿や債権者を害する可能性があります。
こうした恐れがある時、売主・買主の双方に隠匿等の意思がなかったと立証できなければ、否認権行使の対象となります(1項)。
なお、処分行為の相手方が取締役・大株主・親族等の特定の関係者だと、隠匿等の意思の有無に関わらず否認されます(2項)。
特定の債権者だけ優遇するのは、偏頗(へんぱ)行為であるとして否認権行使の対象です(第162条等)。
具体的には、親族や馴染みの知人に対してのみ返済したり、担保を供与したりする行為が当てはまります。
最初に説明した債権者平等原則に当てはめて設けられている規定です。
偏頗行為に対する否認権行使には、次のような範囲と条件が定められています。
否認される偏頗行為の範囲は、支払停止か破産申立てがあった後です(第162条1項1号)。
支払不能等に陥る前の30日以内の行為についても、約束の期日より早く返済する等と義務のない行為は否認されます(2号)。
偏頗行為が否認されるのは、支払停止や破産申立ての事実について債権者は知らなかったと証明できない場合に限られます。
なお、その債権者が取締役や親族等といった特定の関係者である、時期に関わらず義務のない行為をする等の場合には、事実を知っていたかに関わらず否認されます(3項)。
破産管財人が否認権を行使する時は、訴え、否認の請求、抗弁のいずれかの方法で行います(第173条2項)。否認対象となる行為をした相手は受益者です。
訴えと否認の請求は既に利益が移っている時に、抗弁は利益を移すよう請求してきた相手をはねつける時に用いられます。
特に重要なのは最初に挙げた2つの方法です。これら否認権行使の手段は、相手方に移った財産が強制執行され、それにより迷惑がかかる可能性があることを意味しています。
否認権の訴えは、原告は破産管財人・被告は受益者として、破産手続を行う裁判所で訴訟提訴する方法です。
否認権の訴えが認められた場合、登記名義が破産者に戻されて復帰し、有償で取引したものに関しては受益者に代金返却が行われます。
否認の請求は、訴えをより簡便にした方法です。破産管財人が提出した書面に基づき、裁判所で受益者や転得者(否認権行使の対象となるものを受益者から得た人)を対象に審尋します。
積極的に詐害行為等について証明する必要がないことから、返還が確定するまでの時間が最短3か月程度と短いのが特徴です。
抗弁は、受益者が目的物の引渡しを求めて破産管財人を訴えてきた際に、契約を否認して請求棄却を求める方法です。
管財人側から積極的に請求することなく、ただ主張するだけで否認権行使したことになるとする決まりです。
否認権行使について類型や方法を見てきた中で、破産手続に入る前後のNG行為の具体例は次のように言えます。
現金はもちろんのこと、不動産や設備等の処分は詐害意思を疑われることが内容慎重になるべきです。下記はあくまでも一例で、現在の状況に応じて注意すべき対応は分かれることを意識しましょう。
いずれにしても、破産を目前にして自己判断で収支管理を行っていると、
管財人の否認権が行使され、関係者にかえって迷惑をかけるだけです。
ただ財産処分や返済の扱いが巻き戻されるだけならまだしも、免責不許可(個人破産の場合)や詐欺破産財(第265条)に問われるかもしれません。
破産準備のみならず、その前段階において、財産等について以降の心がけを持つことが大切です。
まず心がけたいのが、現金を含め、自己所有の資産の売却・譲渡を自己判断でしないことです。
そのつもりがなくても、財産隠し・隠匿等を疑われ、否認権行使を避けるために行為の意図について立証を必要とする可能性があります。
基本的に全て債権者に配当されるものと心得て、原状の維持に努めましょう。
並行して心がけたいのは、債権者の間で返済に優劣をつけないことです。
特定の関係にある債権者に対してのみ返済を行う、支払停止の通知を送った後に返済に応じる等といった行為は許されていません。
返済はあくまでも、破産手続開始後に管財人を通じて行われるものです。仮に、申立てを察知した債権者が弁済を求めてきても、焦って応じてはいけません。
最も重要なのは、否認権行使の対象となるハイリスクな行為を避けるため、
あらかじめ弁護士と打ち合わせておくことです。
弁護士の主な業務は破産手続にかかる事務ですが、それに留まりません。
申立て前に情報統制して督促・周囲の混乱といった詐害行為等の原因を排除しつつ、財産について原状を維持し、上手にスケジュールを組む役割も果たします。
相談のタイミングは早ければ早いほど良いでしょう。破産に限らず債務整理を視野に入れ始めた段階であれば、整理実施までの調整がより容易になります。
破産者の財産隠しや返済に優劣をつける行為、相当の対価を得てした財産の処分行為などにつき、破産管財人は否認権を行使することができます。
否認権行使の手段は複数ありますが、財産を原状に復帰させる権限として非常に強力なものです。
改めて否認権行使の類型・その範囲と条件・方法を考えると、NG行為はいくつもあります。破産が視野に入った時は、早い段階で弁護士に相談し、原状の保全と債権者平等原則の遵守に努めましょう。